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「里山の小さな家」ある建築主からのレポート 報告者/井戸道也

7.愛和登場                            写真   図面 

1. 概要
(1) 地形
(2) 配置と間取り 
(3) こもる−ひらく 
(4) 室内環境

2. 気候

3.美濃の民家−起源と形成
(1) 配置と間取り 
(2) 構造 
(3)家の形成と暮らし

4.失われた民家
(1)生活の変化 
(2)悪くなった住宅

5.自分で設計する
(1)思い通りの家? 
(2)暮らしかたを構想する

6.要件を固める
(1)断熱が生命線 
(2)小さく 
(3)低く 
(4)陽を入れる、さえぎる 
(5)素材とデザイン 
(6)東海地震に備える

7.愛和登場
(1)相見積り 
(2)板頭社長 
(3)カネダイ 
(4)2つの実験

8.契約・着工・上棟

9.白川大工・今井さん

10.仕上げ

11.完成・見学会

12.冬
(1)背中があたたかい 
(2)結露ゼロ!

13.春〜夏
(1)春 
(2)夏

14.1年経過
(1)床材ラオス松 
(2)樋から雨漏り! 
(3)電気料金 
(4)ショック! 畳に青カビ

15.そのほか
(1)新築費用 
(2)優良工務店を探す 
(3)家相

16.終わりに


(1)相見積り

 見積りは地元工務店から6社を選んで依頼しました。遠縁地縁の旧知の工務店もありましたが除外し、すべて住宅書籍や雑誌で建築士などから推薦されている工務店から選びました。愛和は、家づくり援護会が出版した「建てる前に読む本」に紹介されていた推薦施工業者でした。
旧知の工務店も良心的で優秀なところが多いのですが、遠縁地縁の人間関係が支配する風土が、住宅建設という事業に馴染まないと考えたので除外したのです。

 地元から選んだ理由は技量と誠実。「飛騨の匠」でひろく知られるように、岐阜県の工務店や大工のルーツは、奈良時代から続く出張大工の集団です。古来から社寺建築で技法と技能を磨き、その集団的技量の水準は木造において世界一。
有名な高山市の日下部家や吉島家は別格として、ありふれた飛騨の民家の堅牢と美しさをみれば、岐阜県の工務店が東海地方全域に市場を広げた実力も納得できるというもの。
 しかしもちろんバラツキはあります。得意技も多様、相性も大事、予算も重要、工務店の規模も重要で、大きな工務店は除外しました。理由は小回りが利かない、経費が高い。

 さて、電話で予告してから図面、仕様書、壁量計算書などの見積り資料を郵送しました。
反応はさまざまで、電話の翌日まだ資料も届かないのに菓子折り持参で飛んできた工務店。(この工務店はその後資料をみて考えが変わったらしくその後ナシの礫。書籍で某建築士から推薦された工務店でもこういう例もあります。某建築士も怪しいですね)
資料到着直後に「徹夜で見積りました」と見積書を持参した工務店。
 そのほかはどちらかといえばゆっくりした反応で、上述のほか郵送での見積り回答2社、持参1社。価格差は意外に大きく約600万円。愛和からは「一度お目にかかってお話を伺いたい、モデルハウスも見てもらいたい」と電話。

(2)板頭社長

 初冬のある土曜日。可児市内で愛和と待ち合わせました。ライトバンから降りてきたのは黒のスーツに半分白髪のヒゲをたくわえ、TUMIのブリーフケースを持った中年紳士。工務店のオヤジというよりセンスのよい設計事務所のデザイナーという印象の人が板頭社長でした。
 「建てる前に読む本」で経歴は既知。大学を卒業後、東京の設計事務所で7年間勤務。父親に呼びもどされて工務店を継ぐ。伝統的な家づくりに飽きたらず、美濃の家21を主宰して宮脇檀を招聘。なるほど経営より設計のほうが似合いそうな経歴と風貌。

 挨拶もそこそこにライトバンの後席に家内と乗りこんで多治見市内のモデルハウスへ向かいました。
「あの設計は井戸さんご自身でおやりになったのですか」
「はい、勉強も含めると2年ほどかかりました」
「お客さまが設計なさったのは初めてではありませんが、壁量計算までされたのには驚きました。素人さんの設計は思い入れが強くてバランスを欠くことが多いのですが、全体がとてもよくできているのでどんな方かと思っていました。失礼ですがご職業は?」
「機械系の技術屋です。構造は多少理解できます」
「どうしてウチを?」
「イエンゴの本で知りました。岐阜県で推薦施工業者はいまのところ愛和さんともう1社」
 助手席の板頭社長と、まずは挨拶代わりの会話。

 さて総2階のモデルハウスに着きました。「山岡宗春の家」と墨で書かれた木の看板。お茶かお花の師範みたいなネーミング。
「山岡宗春は架空の人物です。夫婦とこども2人の標準的な核家族の主人。この家族構成を前提に、理想的な住宅のあり方を模索してつくりました。理想といっても贅を尽くしたわけではありません。さあ見てください」

 宗春の家は居間の上部が吹抜け。梁を見せた民家風で、落ちついたなかに調和と洗練がありました。銘木は使われておらず、中途半端に数奇屋風でないのが好ましい。木の質感がすばらしく、さっぱりとした出来栄え。
「普通の和風とちがいますね」
「わたしは自分の造りたい住宅を模索してきました。経験と伝統の中で堅い仕事をしていけばそれなりにやっていけるでしょうけれど、それならほかの工務店でもできます」
「それがこのモデルハウスですか」
「まあひとつの解ではありますが、いつも揺れています」
「そういえばこのあたりの立派な家はだいたい同じですね。お城のような入母屋本瓦屋根、ご大層な大黒柱、ツルピカの床柱、温泉旅館のような玄関ホール」
「造りたくない家です。でもあれでないとなかなか売れません。若い人は比較的理解してくれるのですが、金を出すのは親ですから、結局伝統和風」
「伝統和風といっても庶民の和風住宅に現在の様式が定着したのは新しいですよね」
「そうです、一見数奇屋風」
「社員大工制で経営なさっていると本に紹介がありましたが――」
「伝統和風だけでやっていけば下請大工へ渡せばよいしそのほうが経営も楽です。しかし愛和の家はそれではできない。ディテールがちがうので訓練が必要なのです」
 板頭社長が社員大工制を執った理由がわかりました。愛和らしさの追求と堅持。
「お願いした見積りはできていますか」
「まだです・・・。失礼ですが井戸さんのようなやり方は結局高くつきます」
いきなり軽いジャブ。
「はあ?」
「工務店にはコストダウンのノウハウがあります。仕入れルートや材料の選択、工法、納まり、ストック材料など、工務店によって様々ですが、はじめからガンジガラメに決められるとそういう選択肢がせまくなります」
「曖昧で粗雑な見積り依頼は工務店さんに失礼だと考えて極力はっきりしたものにしました。まあ半分以上設計をたのしんだ結果ですけど」
「地場で長く続いている工務店は、ほとんどとても良心的で、お客さまの期待以上のものを造ろうと努力しています。安心して任せて貰いたいのです。それが信頼と評判になって長く続けることができます」
「わたしは技術屋のサガがしみついているので定量的な把握と確証なしではとても踏みきれません。理科系の弱みでもありますが、たとえば耐震性能、たとえば断熱性能。工事中の現場をいくつか見て回ったのですが、新耐震基準でキチンと施工されているのはほとんどありませんでした。立派なスジカイが頑丈に取りつけられている一方でホールダウンボルトが無いとか。震度7クラスだと柱が引抜かれる可能性が否定できません。一般の工務店にはまだ力学的なアプローチができていないと思います」
「それは事実です。まだそんなに行き渡っていません」
 板頭社長は苦笑い。
「これから家を造ろうとする人は、素人でもある程度の知識を持つべきはないでしょうか。そうでなければイエンゴも啓蒙的な本を出す意味がないでしょう」
「いやあ、井戸さんだけですよ」
 ヘンな奴だと、多分板頭社長は思ったでしょうね。
 モデルハウスを出てコーヒーをご馳走になりました。もう冷えびえと秋の夕暮れ。

(3) カネダイ

 それからしばらく愛和から音沙汰がなく、その間にも熱心な2社との折衝が続きました。わたしはこの2社とは違うもうひとつの工務店「カネダイ」に魅力を感じていました。
このなんとも古臭い名前の会社はこちらが追いかける立場でした。
 カネダイは東濃ヒノキの本場、裏木曾の岐阜県加茂郡白川町切井という一番奥まった山の中にある工務店で、代々製材を営み、東濃ヒノキを中心に良材を供給してきた会社です。
 見学したカネダイの工事現場は2カ所ともそれは見事なものでした。隠れてしまう柱にも、あの美しいピンク色をした東濃ヒノキの良材が惜しげも無く使われていました。仕口の堅固さや耐震対策もほぼ完璧で、ここまでやるのかと感心するほど誠実な仕事ぶり。さすが白川大工の本場です。

 カネダイの社長は飾らない人柄で口数も表情も少なく、わたしの質問に短く答えるだけ。
「見えないところになぜあんな立派な材料を使うのですか」
「これくらいは普通やと思ってやっとります」
「耐震金物もキチンとされていますね」
「木組みをちゃんとやれば金物は要らんけど、法律があるでやっとるだけです」
 といった具合で、自慢話のひとつも出ない。
 事務所に隣接して小さな平屋の住宅がありました。外壁の腰に使われている風化したスギ板に冬陽があたってハッとする美しさ。その上部は白漆喰でなんの変哲も無い簡素な造りですが、人が暮らすのにこれ以上何が必要かといった佇まいが好ましい。
「あれは社長さんのご自宅ですか」
「おやじの隠居所です」
「腰壁のスギがとてもきれいですね」
「なかなかええ味が出てきました。風と陽があたるように使えば百年くらい持ちます」
「スギで百年?」
「木は使い方が大事です。湿気た風の通らないところで使うとヒノキでも1年でだめになります。失敗や叱られることばかりですわ」
訥々とした語り口に、木に対する尋常でない経験と見識がうかがえます。
 ところが断熱と床下蓄熱暖房の話になるとカネダイさんは首をかしげるばかり。
「・・・・白川でもストーブです。美濃加茂市はあたたかいで要らんでしょう」
「いや、環境負荷を小さくすることも大事ですし、結露対策にも有効と考えまして」
「冬は寒くて夏は暑い、多少のことはええことやと思っとります」
 とりあってくれないが、成るほどこれも見識か。
「井戸さんの家はやったことがないことがいっぱいありまして、どうも自信が・・・」
 あまりやりたくないようです。

 カネダイは白川でも折り紙つきの優秀な大工を擁しています。営業マンはいない、宣伝もしない、モデルハウスもない、仕事を増やさない、よい木でよい家を作る、ほかのことは余計といわんばかりで、現代の企業概念とはほど遠い経営スタイル。でもこれは工務店のあるべき姿のひとつを体現しているともいえます。
 カネダイの見積りは詳細なもので、価格は5社の中間。予算から300万円オーバーでした。パフォーマンスも駆け引きもできない人なので価格交渉の口火が切りにくい。
「予算オーバーです。もう少し値打ちにやっていただけると助かるのですが」
「仕様も全部ご指定ですし・・・ まあもうちょっと考えてみますが」
 カネダイは急ぎません。

 あけて2003年1月末。愛和の営業マンから電話が入りました。
「社長が井戸さんの家はぜひやりたいといっています」

(4)2つの実験

 「地熱活用と蓄熱床下暖房を以前からやってみたいと思っていました。井戸さんの図面を詳しく検討させていただき、考え方が同じだとわかりました。是非実験させてください」
 地熱活用と床下蓄熱暖房。
この実験2つが成功すれば、ローコストで環境負荷の小さい、シンプルで高性能な住宅のひとつの標準ができます。キーワードは断熱。
 この実験は仮に失敗しても、効果の多寡に終始するだけで、住宅そのものが駄目になるわけではないので安心して実験台になれます。それに、開発投資まではとても資金をまわせない中小工務店が、新しい試みに挑戦したいというなら実験台になってもよい、応援したいと思いました。これも技術屋のサガ。

 さて、床下の問題はとても複雑で、湿潤な日本では風通しをよくして乾燥を促進し、シロアリの被害や腐朽を防ぐのが一般的です。しかしこの方法は冬季床下からの冷えに対しあまりに無防備で、暖房のエネルギーロスも巨大です。エネルギー消費と環境負荷の最少化という目標からは落第。
 里山の小さな家は、ベタ基礎の防湿をしっかりやった上で開閉式の床下換気口を設け、夏季はこれを開けて床下に風を入れます。空気は床下で冷却され、床下 →室内→吹抜け→ロフトへと屋内を冷やしながらロフトから戸外へ抜けます。これを人工的に助けるため妻の東西最上部に湿度センサー付の排気ファンを1個づつ設けました。まあ、むかしの煙出し。
冬季は基礎換気口を閉じて床下の蓄熱暖房機を運転し、基礎まるごと暖めようとする目論見。もちろん基礎にも断熱。

 この計画の成否は断熱と気密の性能がカギです。目論見を理解していない工務店は、何をどのようにすればよいのかわからないともいえるので、失敗する確立が高いといえます。
 実験したいという板頭社長は、これを成功させるための技術的な条件がわかっている。それには手間のかかる仕事と相当な技量が要求されます。わたしは内心愛和への発注を決めました。
 しかしこの日の愛和の見積りは一式概算。総額はカネダイとほぼ同じでした。
「もう少し詳しい見積りを頂かないと・・・」
「きょうお持ちしたのは概算価格です。ご予算をお聞かせいただいてなんとか努力したいと思います」
「300万ほどオーバーです。原低提案も併せてご検討いただけますか」
「なんとか検討してみます。多分いけると思います」
 営業マンが
「えっ! やるの?」
と社長を見ました。
 カネダイとの折衝からも、まあぎりぎりの価格と推定できました。無理はいえない。あとは仕様変更でどこまで落とせるか。
 「井戸さん、イエンゴの本でご承知と思いますが、うちは設計施工でやっています。井戸さんの図面を下敷きにもう一度愛和で設計図をつくります。出来上がりを見ていただければ分かりますが専門の設計事務所でつくる以上の図面になります。それをもとに詳細見積りをします。つきましては設計契約を先にお願いします。10万円です。ほとんどタダみたいな値段です。設計後、ご発注いただけなくても泣き言はいいません」

 建築主が作ったプランを元にあらためて自社で設計することで、施工上の課題や構造の問題点、取り合いの不備、合理化手段などを着工前に顕在化することができます。
 実はこういうプロセスをキチンとふまえて家づくりをしている工務店はほとんどありません。キチンとした設計図と仕様書がなければ、何が手抜きで何が過剰か特定することさえ困難で、充分な監理もできません。
 逆に設計図書がしっかりしていればある程度の監理は建築主でも可能で、万一、後日不具合がおきたときの証拠にもなります。設計に金を払おうとする建築主が少ないことも手抜きの温床を形成しているといえます。

 設計図を描かなければ受注しないとする愛和の姿勢は、手抜きができない仕組みを自社の業務の中に構築しているともいえます。
「それから外断熱プラス外壁通気層ですが、外壁の支持力が弱くなる問題があります。構造体の外側に断熱材を貼り、縦胴縁を付けて通気層をつくり、この外側から外壁材を付けるので構造体までの距離が遠くなり、片もち状態になります。コストUPにもなります。鉄筋コンクリートの場合は外断熱が絶対必要ですが、木造の場合、必ずしも外断熱が優れているとは言いきれない面があります。
 アイシネンというカナダで開発された現場発泡のノンフロン断熱材があります。吹き付けなので継ぎ目が無く、構造体への追従性もすぐれており,断熱欠損はゼロに近い。コストダウン効果も大きいのでご予算内で実現するためにも提案させていただきます。これもウチは初めてですがついでに実験させてください」
 外断熱の弱点やアイシネンの特徴などをキチンと説明する姿勢も評価したい。

 「外断熱にこだわったのは内部結露と断熱欠損の防止ですからこれが問題なければ手法はおまかせします。ただ、外壁と屋根の通気層を断熱材の外側に作ることは、夏の放熱と構造体の腐朽防止のために絶対お願いしたい条件です。断面図でお示しください」
 その日は設計契約に調印しました。

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